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センゴク一統記 Vol13 淡路国海賊衆 Vol14 行く道のその先 [ゲーム,アニメ,漫画]

仙石ら一行は淡路に入っていた。

淡路十人衆の一人 
管平右衛門達長(かん へいえもんみちなが)の屋敷を
探していた。
港に屋敷を兼ねた舟がやってくる。
平右衛門の舟だった。

平右衛門には仙石が織田家の家臣とばれており
淡路中 知れ渡っていた。

淡路は昨年11月織田家によって制圧
されるも国主不在で小豪族が割拠し
統治されていない状態だった。

さっそく仙石は交渉に入るが
平右衛門は織田家と争う気も従う気も
無いと一蹴。

そこで仙石は織田家の家臣になって
手柄を立てれば陸でいい暮らしができると
説得するが・・・

平右衛門は所詮 帳簿に載るだけの存在
で帳簿から消えれば死んだも同然と
まっこう反論

一触即発の雰囲気になるが
平右衛門は丸腰の相手に手を出せないと
その場を鎮め
仙石は舟をあとにし洲本城へ

仙石は出世欲に乗ってこない相手に
困惑していた。

後日 城に十人衆の一人 平田蔵丞(廣田蔵之丞)が訪れる。
蔵丞は平右衛門に丸腰で乗り込んでいったことを
聞いていて笑っていた。

蔵丞は臣従の条件として反故なき安堵を
望んでいた。

さらに万が一 反故となれば
織田家を裏切り淡路を守ってくれるのか

と尋ねられるが
仙石は それは無理だと答え 
またしても交渉失敗

そこに書状が届き 高松城攻めが正念場
ということで仙石ら一行は高松城に
帰陣することに。

帰陣中 蔵丞 警固衆が見送りにきていた。
タグ:淡路十人衆
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あの「信長のシェフ」の続編がゴールデンに再登場 [信長のシェフ]

前作 最終回 ケン(玉森祐太)は
明智光秀(稲垣五郎)の計らいで
元の世界に戻ることができそうになるが〝この世界〝で
信長(及川光博)のシェフとして生きていくことを選択

顕如(市川猿之助)をはじめとする反信長勢力との攻防
光秀が見せる不穏な動き
ケンと料理人見習いの夏(志田未来)との恋模様
が前作から引き継がれる。

続編で新キャラクターとして
信長 最大の敵 武田信玄(高嶋政神) 
信長の正室   濃姫 (斉藤由貴)
謎の美女    香蓮 (佐々木希)

その他
松永久秀(笹野高史) 信長家臣 柴田勝家(デビット伊東
信玄家臣 秋山信友(風間トオル)信玄四男 武田勝頼 (賀来賢人)
 も登場しドラマを盛り上げる。

続編 第1話では
ケンは浅井・朝倉軍との戦いに帯同していた。
信長は 浅井長政,朝倉義景の和睦を提案。
ケンにその案を出すよう命じる。

ケンは朝倉本陣に入り込み 故郷 越前の
雑煮を振る舞うと兵士達は故郷を想い出し
士気が低下。
同盟の浅井に比叡山を降りると通達。
ケンの調略と察した長政はケンを
捕えようとするが明智光秀に助けられる。

信長は安土城 築城にともない
松永久秀を家臣として迎えようとするが
周囲の評判が悪い。
そこで久秀をもてなす宴席で
信長は「久秀の腹の中を探れ」
ケンに命じる 果たして・・・

7月10日木曜日 19:58 スタート
初回2時間スペシャル
テレビ朝日系列
※一部地域除く

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センゴク一統記 Vol11 清水宗治の使命 Vol12 備中高松城 水攻め [ゲーム,アニメ,漫画]

天正10年5月15日 
秀吉方は高松城 下口 蛙ヶ鼻にて 
堤防普請が進行中

高松城 三村親成 家臣 山下は 
羽柴方の動きを見て水嵩が増す恐れを察知。
親成に籠城は危ういとし
羽柴本隊への突撃を提言。

城主 清水宗治 を信用していない
親成は 宗治が籠城策を取るなら
一同で主戦を唱え宗治を追放しようと
多数派工作をしかける。

宗治は小早川当主 小早川隆景との会談を
思い出していた。

宗治は城内の統率ができなければ
突撃もできず籠城が得策ではと提言。

一方 隆景は今までは籠城策は有効であったが
秀吉により無効なものにされてしまったと。

そこで隆景は身内にも打ち明けない
心の内を宗治に伝えるのであった。

領土を切り取られても戦を長引かせ
頃合いを見て秀吉との和睦を探ると。

さらに安国寺恵瓊の見立てでは
秀吉がさらに勢力を延ばす。

そこで秀吉が信長に反旗を翻すの待つと。

宗治は突撃か籠城策か迫られ 籠城策を選択
家臣からは「籠城すべし!」と反論が相次ぐ

山下は 秀吉方の普請は砦と思い込んでいたが
実は堤であることに気付き 川が氾濫すれば
城が水没する可能性があると 宗治に報告

宗治は敵の力を知りながらも迂闊であったと反省 
秀吉には時間稼ぎも通用しないことを痛感

秀吉方は川を決壊させ城内は水没し始める。

この状況を聞いた 吉川元春は決起。
5月20日
毛利輝元,小早川隆景,吉川元春 各軍
合わせ4万の大軍が高松城へ集結。

大河ドラマ「軍師官兵衛」でも
高松城 水攻め 作戦決行ですね。
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センゴク一統記 Vol9 饗応の間 Vol10 高転びの因果 [ゲーム,アニメ,漫画]

徳川家康と穴山梅雪が安土に参上することになり
明智光秀が接待役を仰せ付けれた。

信長は
家康に織田信忠の補佐として天下の政道を託し
信長自身は海外を視野に入れていた。

5月15日 饗応の日
家康と梅雪は安土に参着

光秀は
進上の品として 鎧,弓,刀 さらに馬
そして京 堺の珍物でもてなす。

宴の後
光秀は家康を連れ出し
家康が人質として過ごした間を
模した部屋に案内する。

そこで光秀は家康に
信忠の補佐として日本を託したいと
願い出る。

困惑する家康

家康は光秀 さらに
柴田勝家や羽柴秀吉はどうかと尋ねるが
諸将の権益による台頭を恐れるという理由で
身内からはださないとした。

その後 光秀は織田家が高転びしない
為の因果を話だす。

大内と尼子の例にとり

大内は唐との貿易に支障をきたし
銭の信用が低下し高転び

尼子は大森銀山の銀を唐に移出し
利益を得ていたが南蛮からの
銀が唐に流入
これにより尼子の銀は不要になり
銭の流れが止まる。
そこに付け入った毛利家に滅ぼされる。

家康は銭の安定化に成功した織田家は高転び
の恐れが無いと名言するが
信長は否定

光秀は富の確保には海外に目を向けなかれば
ならないと進言する。

ルイス・フロイスの【日本史】によると
「毛利家を平定し日本の六十六ヵ国を支配した後
 一大艦隊を編成し唐を武力で征服する」
とある。

センゴク一統記 Vol7 三職推任 Vol8 隙間三町 [ゲーム,アニメ,漫画]

天正10年5月
備中高松城攻略を思案する秀吉
梅雨に入ってしまい長期戦を予想していた。

そこに黒田官兵衛 ある情報を持ってくる

高松城の周囲は雨が止んでも池のにおいがし
茸や苔が群生している状態

秀吉と官兵衛は 水はけの悪い湿地帯と推測し
官兵衛は高松城攻略を見い出した。

一方 5月6日 安土城
公家 勧修寺晴豊と信長が面会
勧修寺は信長に
太政大臣,関白,将軍のいずれか推任し
その中で将軍を推任した・・が

自分を取り込もうとする公家の意図を察した信長は
逆に勧修寺に揺さぶりをかける。
この日 信長 結論ださず。

信長の意がわからない勧修寺は明智光秀なら
信長の胸中がわかるだろうと 
勧修寺一行は 光秀居城 近江国坂本へ

出迎える光秀だったが 
信長は三職など興味が無く
陰謀のごとく動かないほうが良いと一蹴

5月7日
秀吉は高松城付近の検地をはじめた。
高松城内では秀吉の動きを不審に
思うが気にすることなく過信していた。

検地の結果 城の周囲は水はけの悪い
湿地帯であることがわかった。

湿地帯の周囲は山と川と微高地が
あり山と微高地の間の隙間が三町

この隙間三町に堤防を築けば
城は水没すると作戦を立てた。

一方 仙石隊は秀吉の命により
意気揚々と淡路へ

解説 三職推任

官位を持たない(興味が無い)信長に対して
天皇をも乗っ取るのではと不安に感じた
朝廷が信長に三職(太政大臣,関白,将軍)
いずれかを与えて取り込もうとする工作

それに対し信長は意思を示さず(拒否か?) 
直後の本能寺の変により
信長の意思は永遠にわからず

近年では 信長が仕掛けたという説も浮上し
朝廷が仕掛けたか,信長か
論議が続いているとか。

センゴク一統記 Vol5 光と影 Vol6 淡路国主 [ゲーム,アニメ,漫画]

信長は清州に立ち寄り 側室 吉乃の墓参りをしたのち
4月21日 安土へ帰陣

信長はさっそく織田信孝と丹羽五郎左を交え毛利攻めの軍議

四国攻めにあたり丹羽が物主のいない淡路が
心許ないと懸念をしめす。

そこで信孝が丹羽に淡路を守るよう提案するが
信長は丹羽に信孝の補佐をするよう言う。

信孝は四国は自分ひとりで十分と言うが
信長は許さず

信長は淡路の物主は近いうちに選抜するとした。

一方 羽柴秀吉の陣では難攻不落の備中高松城
への戦略をたてていた。

秀吉は信長が淡路の国主を探していることを知り
仙石に白羽の矢が立った。
動揺する仙石であったが

秀吉は仙石に高松城包囲の陣を守りつつ
淡路に出向し豪族をまとめあげよと命じ
さらに
淡路を獲れれば戦国大名だと伝えると
仙石の顔が変わった。

そして仙石はかつて信長に
「大名になれ」と言われたことを思いだし
信長と秀吉に感謝

そしてこの意向は信長に伝えられた。
信長も座興で「大名になれ」と言ったことを
思い出し
「真に受けおって」と言ったものの

信長に了承された。

解説 生駒 吉乃

織田家 家臣 生駒 宗家の娘
信長の側室で 信忠,信雄,徳姫の母であるが
若くして亡くなっている。

名前は吉乃となっているが特に証拠が無く
一般的には「生駒家宗女」と記載されいる。
信忠が跡継ぎになっているので 吉乃は
正室に近い 待遇を受けていたのではないかと
伝えられています。

センゴク一統記 Vol3 大綱数百本 Vol4 舟の上にて [ゲーム,アニメ,漫画]

遠江国
田植えの時期にも関わらず
公文の命で農民は綱を造らせられていた。

公文は奉行 小栗吉忠の命で綱造りを
依頼されていたが詳しい理由があかされないまま
徳川の大事業と言われるだけだった。

織田信長が甲州征伐から安土に帰る道中
徳川家康は信長の為
道を広げ 橋を新設
一夜の陣所も贅をほどこし
兵舎を新設

しかしあまりの馳走に家康 家臣も
疑問を問いかけるが

家康は
このことが徳川の行末を決めると一蹴

農民が造っていた綱も信長が天竜川を
渡るため舟同士を綱でつなぎ板を敷き
橋を造るためだった。

ついに 天竜川に信長現る

信長は家康の歓待に対して
黄金五十枚 兵糧八千俵を
配分してといわれる。

遠江国 今切にて
信長と家康 面会

九州 島津家はすでに信長の手中にあり
島津家と大友家が連合し
四国は織田信孝を筆頭に丹羽五郎左
で制圧し
多方面から一気に毛利を攻め込むと。

そして6月には信長 自ら出陣

しかし信長には心配事が・・

民が質素倹約に勤しみ 銭をため込み
銭の流通が止まると 転覆すると。

解説 

公文 村で農民から年貢を徴収する責任者
馳走 客などをもてなす事 今回の場合 信長
   
遠江 今切の渡し

過去の津波などで浜名湖と太平洋が繋がった場所で
東海道五十三次 今切の渡しとして知られています。

甲州征伐後 帰郷中の織田信長をもてなす為
絢爛豪華な船で家康とともに渡ったとされます。

現在 今切の渡しが再現され
舞阪~新居で航行されています。

問い合わせ先はこちら
静岡浜松市西区舞阪町弁天島3775−2
弁天島遊船組合

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本能寺の変 に新事実! 「四国説」を裏付ける史料発見 [本能寺の変]

岡山市 林原美術館と岡山県立博物館によると

土佐の武将 長宗我部元親が四国の領土をめぐり
本能寺の変 以前 織田信長の命令に従う
意向を示した書状が見つかったことを
発表した。

美術館によると室町幕府の将軍 足利義輝
の側近 石谷家に関わる古文書
「石谷家文書」の中にあり 47点が
巻物になっていた。

書状は天正10年5月21日付け
元親が明智光秀の家臣 斉藤利三に
充てたもの など。

当時 長宗我部元親と織田信長は友好関係
にあったものの信長が方針を転換。
信長は元親に土佐以外の占領地からの
撤退を要求。

今回 斉藤利三が元親宛てに送った書状も
発見されており
天正10年1月11日付け
利三は「信長の要求に従うのが長宗我部家のためになる」
と 元親に助言

これに対して
元親は利三に
天正10年5月21日付
「阿波の国中心部 緒城からは退いたことを信長に伝えてほしい」
と返答し 信長の命令に従うことで信長との
武力衝突を回避しようしたことがはじめてわかった。

県立博物館によると
明智光秀の勢力は元親と関係が深く
恭順の意を示した元親を攻めようとする
信長を止めようとして本能寺の変に
つながった可能性があるという。

それにしても土佐以外の領地を手放せなければ
ならないほど信長は脅威だったということか。

本能寺の変については「光秀野望説」「怨恨説」
などあるが
光秀が信長の四国攻めを回避しようとする
「四国説」を裏付ける史料しとして
注目を集めそうだ。

書状は7月19日から 岡山市 林原美術館で公開
その後 高知県立歴史民俗史料館,岡山県立博物館でも
公開予定

センゴク一統記 Vol2 秀吉の視界 [ゲーム,アニメ,漫画]

天正10年3月25日 冠山城 水の手攻めにより陥落

しかし水の手切りの失敗で米俵を突っ込み
兵糧を失った仙石は
寄騎の神小田正治,尾藤知宣に米をねだるも・・

寄親の羽柴様にねだれと・・

しかたなく仙石は馬と引き換えに米をもらうことで成立

そして仙石は寄親 羽柴秀吉の所へ
冠山城攻めで雇った伊賀衆の報酬に刀が
ほしいと願い出る。

秀吉はすでに事務方から聞いており
さらに馬と引き換えに米をもらった事も
知っており刀と馬を貰えることに。

その後 秀吉は黒田官兵衛らに呼ばれ
軍議へ

次なる狙いは境目七城 最大の難関
備中高松城

備中高松城の攻略の上様の為に
失敗は許されられないと秀吉は誓う

上様・・
それは織田信長

解説 備中高松城

境目七城の一つ
築城時期は不明でありますが
松山城(岡山県高梁市)城主 三村氏の命で
築かれたとされています。

合戦時の城主は毛利家に仕えた
清水宗治
城の周囲が低湿地帯で難攻不落と言われました。
しかしそれがあだとなります。

天正10年4月 羽柴秀吉は 備中高松城攻めに
取りかかるが持久戦に

そこで黒田官兵衛の提案で城の周囲を堰堤で囲み
城を水没させる作戦
高松城の水攻め」
2週間弱の工事で堤防が完成し
梅雨の雨で見事 城は水没し陥落

その後 ここに織田信長を呼ぶ計画を
進めていたが「本能寺の変」で果たせず

現在は史跡公園として整備されています。

所在地
岡山県岡山市北区高松558-2
高松城水攻め史跡公園

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センゴク一統記 Vol1 仙石権兵衛秀久 [ゲーム,アニメ,漫画]

天正10年3月22日

備中 冠山城を攻めていた仙石
力攻めをしたが失敗
手をこまねいていた。

そこに伊賀忍びの残党と名乗る男が
仙石隊に登用を志願

登用に慎重な家臣をよそに
冠山城 攻略に頭を悩ませていた仙石は
話を聞いてみることに。

仙石隊に登用された伊賀衆 仁江は 冠山城につながる
水源を切り敵城を干上がらせる作戦を立てる。

仙石はその作戦に乗り伊賀衆とともに作戦実行
水源に突き当たるも・・・
予想外の出水でやむなく水源を止めることに

水源に土を戻すが間に合わず兵糧の米俵を
突っ込みようやく出水が止まるが
作戦失敗

作戦が失敗し兵糧も失った千石隊は意気消沈
しかし仙石は城の水の手を取る作戦に変更

見事 水の手を取り三日後の
天正10年3月25日
冠山城は仙石隊により陥落

解説 冠山城

築城年代は不明
足利将軍の執事職高家の一族 河津左衛門尉氏明が築城したとも
伝えられていますが諸説あるようです。
合戦時の城主は林三郎左衛門

毛利家に属しており
備中と備前の境にある境目七城のひとつ
境目7城は宮地山城 冠山城 備中高松城 加茂城
日幡城 庭瀬城 松島城

天正10年 冠山城は羽柴秀吉の旗本
杉原七郎左衛門 宇喜多氏らによって落城

城主の林三郎左衛門は
備中の国を半国あたえようという羽柴秀吉の誘いを断り 
毛利,小早川に義を貫いたとされています。

所在地
岡山県岡山市下足守

水の手
城内にある飲料水を供給できる場所,水路

城の水の手を抑えられると雨に頼るしかなく
城を攻めるのに有効な手段とさてています。
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